インターネット上で世界中の人々が利用している無料の百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」は、ジミー・ウェールズ、ラリー・サンガーらによって2001年に設立されました。ウィキペディアを運営する費用は、この記事で書いたような広告料収入によってではなく、多くの人々からの寄付によって賄われています。
ウィキペディアの前身はヌーペディア(Nupedia)という営利目的の百科事典でしたが、記事を厳格に審査していたために、記事の数があまり増えませんでした。こうした局面を打開するために、不特定多数のユーザーがブラウザから共同で編集できる「ウィキ(Wiki)」と呼ばれる編集システムを採用したところ、これを契機に活発化し、多言語で大規模な百科事典へと発展していきました。
ウィキペディアに中央集権的な仕組みにはなく、編集長もいません。そのかわりに、ボランティアたちのコミュニティが形成され、互いに協力し合って記事が編集されています。
その理念やルールは、「自由で機能する社会」の姿を考えるうえで示唆に富んでおり、特に、意見や立場の違いを乗り越えて協力する仕組みは、現代社会において深刻化する「分断と対立」を回避するためのヒントを与えてくれます。
誰でも自由に記事を作成し編集できるということを裏返せば、意見や立場の違いが生じやすい分野においては、対立が表面化する危険を孕んでいるということです。最悪の場合、いわゆる「編集合戦」に陥ることもあり得ます。「Wikipedia:編集合戦」によると、「編集合戦」とは「ノートでの話し合いによらず、他者の編集について互いに取り消しや差し戻しを繰り返し、自分の編集を押し通そうとすること」です(Wikipedia,2025)。
これは国と国の戦争のようなものであり、信頼される良質な記事を協力して作り上げようという目的からすれば、編集者の間に合意を形成し、編集合戦のような事態を避けなければなりません。ウィキペディアの共同創始者ジミー・ウェールズは、「合意は共通の目的のために積極的に作業する関係者間の協力です」と言っています(Wikipedia,2025)。
ウィキペディアには方針とガイドラインが定められていますが、特に重要なものは以下の「五本の柱」と呼ばれる基本原則です。(Wikipedia,2025)
- ウィキペディアは百科事典です
- ウィキペディアは中立的な観点に基づきます
- ウィキペディアの利用はフリーで、誰でも編集が可能です
- ウィキペディアには行動規範があります
- 上の4つの原則の他には、ウィキペディアには、確固としたルールはありません
まず、ウィキペディアは何であって、何でないかを明確にしているのが1.です。これが明確でないと、無意味な対立が起きる危険があります。
ウィキペディアは「百科事典」であって、以下のようなものではないと明確に記載されています。
- 個人の意見・経験・議論を書き込み、自説を披露する演説台
- 広告・宣伝の場
- 単なる情報やデータを無差別に収集する場所
- 雑学集やトリビアコレクション
- 自費出版の請負業者
- 無政府主義や民主主義の実験場
- ウェブページのリンク集
- 辞書・新聞・原文収集
また、ウィキペディアという「場」は、次のようなものでもないと言っています。
- ウィキペディアは無法地帯ではありません
- ウィキペディアは多数決主義ではありません
- ウィキペディアは規則主義ではありません
- ウィキペディアは戦場ではありません
- ウィキペディアは強制ではありません
次に、記事の内容に対して複数の観点が存在する場合には、どれかに偏った記述はせず、できればその背景も含めて複数の視点を併記するなど、中立な観点に基づいて編集することを求めているのが2.です。
3.は権利に関する項目なので省略するとして、編集合戦を避けるために最も重要な項目は4.です。たとえ意見の対立があっても、相手に敬意を払い、個人攻撃や抽象論を振り回すことは避け、冷静さを維持することが求められています。
日本語版のガイドラインには、無益な編集合戦を避けるための「スリー・リバート・ルール(three-revert rule)」というのもあります。これは「利用者は24時間以内に3度を超えて同じページ上で差し戻し(リバート) をしてはならない」というものであす。
そして5.では、上記以外にルールはないので、大胆に編集を行ってくださいと締めくくっています。
編集者たちは、このような基本原則を理解したうえで、「ノートページ」あるいは「ノート」と呼ばれる管理ページを使って、「記事内容への質問や感想の投稿、加筆や修正についての提案・議論、編集内容の要約の補足説明、スタイルに関する記事固有のルールについての相談」(Wikipedia,2025)などを行っています。
このようなやり取りは、「動的情報」の交換に他ならなりません。

コメント