【再掲】戦争の起源(その1)

昨日、対ドイツ戦勝記念日の式典で、プーチン大統領はウクライナへの侵攻を正当化する演説を行いました。「プーチン大統領はなぜこんなひどいことをするのか?」。その行動原理をよく説明していると思うので、2014年に書いた記事を再掲します。重要なことは、日本も含めて他のどの国においても、トップの考え方次第では同じ道を歩みかねない危うさを「国」という存在は孕んでいるという点です。


バックミンスター・フラーの『クリティカル・パス』を引用して「国という存在の起源」について書きました(→こちら)。この記事になかにすでに「戦争の起源」が書かれています。

国というのは、「ウマにまたがり棍棒を腰に吊るした小男」が、「棍棒」の力によって、「自分のものだと主張する土地」です。ところが、この男のほかにも「ウマにまたがり棍棒を腰に吊るした小男」は複数存在し、「ほかのウマに乗った連中との間で、誰が本当に「この土地を所有している」と主張できるかを決する大規模な戦いが始まった」、これが戦争です。

つまり、戦争の本質は、「ウマにまたがり棍棒を腰に吊るした小男たち」の間で繰り広げられる「縄張り争い」です。

しかし、この「縄張り争い」には「民」が動員されます。「ウマにまたがり棍棒を腰に吊るした小男」は、言葉巧みに「民」にささやきます。「俺がこの土地を支配しているからこそ、お前たちは安心して羊を飼うことができるのだ」と、「もし、他の者がこの土地を支配することになったら、安心して羊を飼えなくなるぞ」と、「だから、武器を取り、自分たちのために戦え!」と。このような巧妙な概念操作によって、小男たちの個人的な「縄張り争い」が、いつの間にか民と民の争いにすり替えられてしまったのです。

市民革命によって絶対王政が倒されるまでは、「ウマにまたがり棍棒を腰に吊るした小男」は、まさに「国王」とそのファミリーでした。しかし、市民革命以降の時代においても、「ウマにまたがり棍棒を腰に吊るした小男」は形を変えて生き延びています……。

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