安里52高地(シュガーローフ)

「安里52高地」は米軍からは「シュガーローフ(Sugarloaf=アメリカ南部地方の菓子パン、すりばち山という意味も)」と呼ばれていた高地で、日本軍にとっては首里防衛線の西端に位置していました。この場所で1945(昭和20)年5月12日から18日にかけて激しい戦闘が行われました。地理的要因などから米軍は終始苦戦を強いられ、2,662名の戦死傷者と、1,289名の戦闘疲労患者を出したと伝えられています。しかし、日本軍が徐々に消耗していくなかで、5月17日から18日にかけての攻防で米軍が高地の掌握に成功しました。(→こちら)。そして、その10日あまり後の5月27日に、日本の第32軍は首里の陣地を撤退して南風原町津嘉山の壕へ移動し、さらに5月30日には新しい司令部となる摩文仁へ後退していきます。

現在のシュガーローフ周辺には「ゆいレール」の「おもろまち駅」ができ、「DFSギャラリア・沖縄」などの大型商業施設ができるなど再開発が進んでいます。

沖縄戦の概要はWikipediaに詳しく書かれています(→こちら)。下の表は1950年に沖縄県援護課が発表した死亡者数です。

分類死亡者数
県外出身日本兵戦死者6万5908人
沖縄県出身軍人・軍属2万8228人
戦闘に参加・協力して死亡した住民5万5246人
一般住民
3万8754人(推定)
合計18万8136人
沖縄戦における住民犠牲については(→こちら

 


私の基本的な考えは以下の通りです。

  • 人と人が殺し合ってはならない。
  • 人を殺すための道具を持ってはならない。
  • 武力に対して武力で対抗してはならない。
  • 「抑止力」は最も危険な「導火線」である。

世界中から紛争や戦争がなくなることを心から願っています。私がこれまでにこのブログで国や戦争について書いてきた文章へのリンクはこちらです。

関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください