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Consideration

指揮者のいないオーケストラ

ニシ浜

「インターネット上の各ノードは位置と役割を持っている」では、リーダーがいなくても相互に調和がとれてうまく機能している例として、インターネットの仕組みについて書いたので、次はリアルな世界での具体例を紹介します。

オーケストラの演奏では、前列中央に指揮者が立ち、タクトを振るのが普通です。もし指揮者がいなければ、オーケストラ全体の統合がとれず、人を感動させるような演奏はできないと思う人が多いでしょうが、実はそうではありません。
ニューヨークのカーネギー・ホールを本拠とする「オルフェウス室内管弦楽団」は、指揮者のいない楽団です。音楽の殿堂ともいわれるカーネギー・ホールで定期的に演奏会を開催する一方、数多くの名演奏を音源として残し、グラミー賞を2度受賞しています。
指揮者がいない代わりに楽員一人ひとりがリーダーの役割を果たすその運営手法は、「オルフェウス・プロセス」と呼ばれています。その詳細は、2002年まで同楽団のエクゼクティヴ・ディレクターだったハーヴェイ・セイフターと編集者・ライターのピーター・エコノミーが著した『Leadership Ensemble(邦訳:オルフェウス・プロセス)』に詳しく紹介されています (Harvey Seifter & Peter Economy,2001)。
「オルフェウス・プロセス」について説明する前に、一般的なオーケストラの楽員の満足度について、とても意外な調査結果が同書に書かれているので、まずそれを紹介します。
一流オーケストラの楽員は音楽家として芸術的かつ創造的な仕事に携わっているのだから、さぞかし高いモチベーションを持ち、大きな満足感を味わっているのだろうと思えます。しかし、ハーバード大学のJ・リチャード・ハックマン教授の調査によると、どうやらそうでもないらしい。独奏家(ソリスト)などごく一部の人を除くと、オーケーストラの楽員の仕事に対する満足度はとても低いのです。
その理由は、指揮者を頂点とした強固で融通のきかないヒエラルヒーと、そのなかで一つの駒として演奏することを余儀なくされる職場環境にあります。何かを提案する機会も、自らのキャリアを伸ばす機会もほとんどなく、そのような環境下で楽員は欲求不満と失意を感じているのです。
コントラバス奏者でオルフェウス創立メンバーの一人であるドナルド・パルマは、指揮者のいる別のオーケストラで1年間演奏した体験を次のように語っています。「私の唯一の価値は、そこに腰をおろして優秀な兵士になることだというような扱いを受けた」。
このような従来型の運営方針の対極にあるのが「オルフェウス・プロセス」です。プロセスの概略は以下の通りである。

1 リーダーの選出
演奏する楽曲ごとに「コア」と呼ばれる5人から10人のメンバーを選出し、リーダー・チームを形成する。
2 戦略の開発
コア集団は、選んだ楽曲をどう演奏するかを決めるために集まり、能動的にさまざまな演奏法を試みて、その曲の全般的な演奏法を検討する。
3 製品(音楽)の開発
その作品の演奏法について合意が成立すると、コア集団はそれをオーケストラ全体に伝え、そこからさらにリハーサルを重ねて仕上げの段階に入る。演奏家から、曲の解釈に関する意見や、同僚の演奏に対する意見などが出される。時には、オーケストラの各パートに分かれ、表現法、テンポ、バランスなどの音楽的ニュアンスについて話し合うこともある。
4 製品(音楽)の完成
どんな演奏会でも、その直前にごく一部のメンバーが代表して、ステージの自分の席から客席に降りる。オーケストラ全体による実際の演奏を聴いたうえで、最後の調整と仕上げを行う。
5 製品(音楽)の引き渡し
最終段階の演奏会が終わった後に、メンバーはその曲のさらなる改良点について話し合う。


「オルフェウス・プロセス」では、指揮者がいる場合に比べると、とても長い時間をかけて民主的に演奏法が決められているのがよくわかります。このようなプロセスを進めるにあたって、次の8つの原則が守られています

【オルフェウスの8つの原則】
1.その仕事をしている人に権限をもたせる
2.自己責任を負わせる
3.役割を明確にする
4.リーダーシップを固定させない
5.平等なチームワークを育てる
6.話の聞き方を学び、話し方を学ぶ
7.コンセンサスを形成する
8.職務へのひたむきな献身

ヴァイオリニストのロニー・パウチは、オルフェウスの成功ついて、「その秘訣は、多様な考え方や意見をすべてうまく調整できることにある」と述べています。権力の分散によって生まれる多様性こそが、オルフェウスの基盤なのです。
「オルフェウス・プロセス」は、民主主義の代表的なプロセスと言われている「投票」とも本質的に違っています。投票の場合は一票を投じたらそれで役割が終わるのに対して、「オルフェウス・プロセス」では最終的な演奏の出来栄えに一人ひとりが責任を負っているのです。
なお、指揮者のいないオーケストラは日本にもあります。それは、東京を拠点に活動する「東京アカデミーオーケストラ(TAO)」であり、この楽団でも「オルフェウス・プロセス」が採用されています。

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