太平洋戦争沖縄戦上陸第一歩之地

沖縄戦において沖縄本島に米軍が上陸したのは1945年4月1日ですが、それよりも6日前の3月26日の朝に、米軍は座間味島などの慶良間諸島に上陸しています。この日から約3ヶ月の間に、日本側だけでも19万人近くの命が失われた沖縄戦が繰り広げられました。

太平洋戦争沖縄戦上陸第一歩之地


沖縄戦の概要はWikipediaに詳しく書かれています(→こちら)。下の表は1950年に沖縄県援護課が発表した死亡者数です。

分類死亡者数
県外出身日本兵戦死者6万5908人
沖縄県出身軍人・軍属2万8228人
戦闘に参加・協力して死亡した住民5万5246人
一般住民
3万8754人(推定)
合計18万8136人
沖縄戦における住民犠牲については(→こちら

私の基本的な考えは以下の通りです。

  • 人と人が殺し合ってはならない。
  • 人を殺すための道具を持ってはならない。
  • 武力に対して武力で対抗してはならない。
  • 「抑止力」は最も危険な「導火線」である。

世界中から紛争や戦争がなくなることを心から願っています。私がこれまでにこのブログで国や戦争について書いてきた文章へのリンクはこちらです。

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