この記事の続編です。
リチャード・ランガムとデイル・ピータソンの『男の凶暴性はどこからきたか』をまだ全部読んではいませんが、自分の問題意識と一致する箇所だけつまみ食いした感想をまとめてみます。
配偶者獲得競争でオスどうしが闘うのは、多くの動物に共通してみられる行動パターンです。これによってオスの体はメスに比べて大きくなり、筋肉が多くなり、犬歯が鋭くなり、性格も攻撃的になります。
ただ、性選択によって獲得されたオスの形質とはまったく違う次元で、同じ種の近隣集団に対して能動的に侵入襲撃をしかけ、相手を殺してしまう(時には集団を全滅させてしまう)残忍で凶暴な種が、すべての動物のなかで2種だけあります。それは人間とチンパンジーです。人間とチンパンジーは、500万年〜700万年前という(生物の歴史全体から見ると)ごく最近に、共通の祖先から分岐したとても近縁な種です。人間の遺伝子とチンパンジーの遺伝子は98.7%が同じだと言われています。どうしてこの近縁な2種だけがこれほど残忍で凶暴なのか? その理由を探るのが、本書の主なテーマです。
本書の一部(しかし核心部分)をつまみ食いした結果、私が以前アップした「戦争」に至る進化の道に追加すべき重要なポイントが見えてきました。それは、戦争を引き起こす行動の背後に潜んでいる「高い地位につきたい」あるいは「集団の支配権を握りたい」という感情で、そのベースにあるのは自尊心です。自尊心は、太古から受け継がれてきた遺伝子によるものではなく、ごく最近の自然選択によって獲得された大脳新皮質の発達によって芽生えたものです。
でも、ほんとうにチンパンジーに自尊心があるのでしょうか? 大脳新皮質の発達によって、チンパンジーにも2次の志向性のメンタライジング能力があり、他者は自分とは違うことを考えているらしいという認識はあるようです。だったら、自尊心が芽生えていそうな気がします。なお、人間には5次以上の志向性のメンタライジング能力があります(下の表を参照)。
結局のところ、自尊心をベースとした「集団を支配したい」という強い欲求が、パトリオティズムの源泉となって、人を戦争に駆り立てているようです。
【参考】メンタライジングの志向性の例
1次 | 私は[雨が降っている]と思う |
2次 | あなたは[雨が降っている]と考えていると私は思う |
3次 | あなたは[人智を超えた世界に]神が存在すると考えていると私は思う |
4次 | 神が存在し、私たちを罰する意図があるとあなたは考えていると私は思う |
5次 | 神が存在し、私ちを罰する意図があることを、あなたと私は知っているとあなたは考えていると私は思う |
【追記】
筆者(というか訳者)が使っている自尊心という言葉がどうもしっくりこないのですが、むしろ承認欲求や自己顕示欲のほうが具体的でピッタリと当てはまるのような気がします。承認欲求は、同志社大学教授・太田肇氏の著書『「承認欲求」の呪縛』によって注目を集めるようになったキーワードです。いずれにしても、原書はどんな単語なのか(self-esteem or self-respect or ……)、調べてみたほうがよさそうです。
ところで、メンタライジング能力によって得られる多様な心の働きのなかで、どうして自尊心(ないしは承認欲求)がヒトの心の中でこんなにも大きな存在になったのか、進化論的な説明が必要です。自尊心や承認欲求が満たされることによって、集団での生活に伴うストレスが緩和されれば、それは生存や繁殖にとっても有利に働くはずです。このようにして、自尊心(ないしは承認欲求)を満たしたいという心の動きが進化したのではないでしょうか?
コメント