伊能忠敬的人生に憧れる

江戸時代に正確かつ詳細な実測地図「大日本沿海輿地全図」を作成した伊能忠敬は、元々は下総国香取郡佐原村(現在の千葉県香取市佐原)の商人でした。しかし、50歳の時に家業を子供に譲って江戸に出て、幕府天文方の高橋至時に弟子入りして暦学(天文学)を学び始めました。そして、日本地図を作るための第一次の測量に北海道に向かったのは1800年、忠敬が55歳の時でした。その後、1816年までの間に測量は第10次にも及びます。最後の測量時に忠敬は72歳でした。忠敬は1818年4月13日に73歳で亡くなりましたが、その死を隠して、弟子たちによって日本地図作成が続けられ、1821年に「大日本沿海輿地全図」が完成しました。

大日本沿海輿地全図

忠敬が家業を子供に譲って江戸に出たのは50歳の時で、第一次測量に出かけたのは55歳の時。現在の自分は57歳で少し出遅れていますが、なんとか60歳からは、これまでとは違う人生を歩んでみたいなんて思っています。「還暦」というのは、まさにそういう節目ではないかと考えています。

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