名城の貯水槽の弾痕

洋上の戦艦からの艦砲射撃や、地上での銃撃戦によってできた弾痕が、沖縄の街のいたるところに残っています。糸満市名城の県道3号線沿いにあるこの貯水槽にもたくさんの傷痕があります。

名城の貯水槽

名城の貯水槽

名城の貯水槽

名城の貯水槽


【今も残る弾痕を紹介した過去の記事へのリンク】

 西原町小波津の民家の塀

 南風原町津嘉山の民家の塀

 茶処 真壁ちなー(柱に残る弾痕)

 斎場御嶽の艦砲穴

 嘉手志川 灌漑整備記念の碑の機関銃痕


下の表は1950年に沖縄県援護課が発表した沖縄戦の死亡者数です。

分類死亡者数
県外出身日本兵戦死者6万5908人
沖縄県出身軍人・軍属2万8228人
戦闘に参加・協力して死亡した住民5万5246人
一般住民
3万8754人(推定)
合計18万8136人
沖縄戦における住民犠牲については(→こちら

このような悲惨な歴史を繰り返してはならないです!

私の基本的な考えは以下の通りです。

  • 人と人が殺し合ってはならない。
  • 人を殺すための道具を持ってはならない。
  • 武力に対して武力で対抗してはならない。
  • 「抑止力」は最も危険な「導火線」である。

世界中から紛争や戦争がなくなることを心から願っています。私がこれまでにこのブログで国や戦争について書いてきた文章へのリンクはこちらです。

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