多彩な内容のBlog、問題を原点から問い直すOpinion、社会について深く考えるConsiderationなどの情報発信サイト

Blog

深大寺街道を歩く

深大寺街道(深大寺道)」は、室町時代から戦国時代にかけては関東管領・上杉氏の居城がある川越から出城の深大寺までの軍道でした。江戸時代には、深大寺詣での参詣の道に変わり、「大師通り」とも呼ばれるようになりました。この大師は、弘法大師ではなく、元三大師(がんざんだいし)だそうです。

距離が長くてとても全部は歩けませんが、現在の新武蔵境通りと枝分かれしている地点から、青梅街道と交差する地点まで歩いてみました。

右が新武蔵境通りで、左の細い道が大師通り。

深大寺街道

住宅街を行くと、先に玉川上水にかかる大橋が見えてきました。

深大寺街道

大橋を渡るとその先は東京都水道局の浄水場にぶつかり、道が消えてしまいます。

大橋

大橋の歴史。

大橋

浄水場の向こう側には、道が残っています。

大師通り

住宅街の中を道が続きます。

大師通り

五日市街道にぶつかります。左折して、五日市街道と合流します。

大師通り

五日市街道を少し行くと……。

五日市街道

武蔵野大学の前に出ます。五日市街道は左に曲がりますが、深大寺街道は武蔵野大学とMUFG PARKの間を直進します。交差点の横断歩道の下には千川上水が流れています。

五日市街道

真ん中の道が深大寺街道。

深大寺街道
深大寺街道

武蔵野大学の敷地の角にある「馬頭観音道標」は、かつての道標のようです。

深大寺街道

文化通り(江戸時代には「札野道」と呼ばれた道)と交わるところに、「ほうろく地蔵尊」があります。

深大寺街道

石神井川を渡ります。

石神井川

青梅街道にぶつかりました。今回は、ここまでにしておきます。

青梅街道

コメント

この記事へのコメントはありません。

アーカイブ

RANKING

DAILY
WEEKLY
MONTHLY
  1. 1
  2. 2

    剣状突起

  3. 3
  4. 4
  5. 5
  6. 6
  1. 1
  2. 2

    剣状突起

  3. 3
  4. 4
  5. 5
  6. 6
  1. 1
  2. 2

    剣状突起

  3. 3
  4. 4
  5. 5
  6. 6

個人データの取り扱いについて

RELATED

PAGE TOP