戦跡

  • 喜屋武岬
    2019年12月15日

    「沖縄の戦跡(まとめ)」をアップデート

    これまでに紹介してきた沖縄の戦跡を、沖縄戦の進展に沿って時系列に並べてみます。沖縄戦の最大の特徴は、激しい戦闘が市街地で繰り広げられ、...

  • 2019年12月14日

    【宮古島の戦跡】ピンフ嶺戦争遺跡群(見つけられず)

    太平洋戦争末期の宮古島には、米軍をこの島に釘付けにして本土決戦を遅らせるという目的から、約3万の兵士が駐屯していたと言われています。平...

  • 旧西原村役場壕跡
    2019年12月13日

    旧西原村役場壕跡

    沖縄本島中部の西原村(現在の西原町)は沖縄戦における首里攻防の激戦地で、村民の約47%が戦闘に巻き込まれて亡くなりました。一家全滅世帯...

  • 栄橋跡
    2019年12月11日

    栄橋跡

    読谷村の「米軍上陸の地碑(→こちら)」から比謝川を遡ると、県立嘉手納高校の脇を通る道路が急に行き止まりになっている場所があります。かつ...

  • 陸軍中飛行場戦闘指揮所跡
    2019年12月09日

    【宮古島の戦跡】陸軍中飛行場戦闘指揮所跡

    宮古島は、島全体が平坦なので、航空基地として最適と判断され、3カ所の飛行場が作られました。「陸軍中飛行場戦闘指揮所跡」は、宮古島での地...

  • 2019年12月07日

    【宮古島の戦跡】海軍第313設営隊の地下壕

    宮古島は島全体が平坦な地形で、航空基地として最適と判断されたので、3つの飛行場が作られました。そして、陸軍・海軍合わせて3万人の軍人が...

  • 慰霊碑
    2019年12月06日

    伊江島米軍弾薬輸送船爆発事故の被爆慰霊碑

    終戦直後の1948(昭和23)年8月6日、米軍が伊江港で不発弾や未使用爆弾を船に積み込む作業をしていた際に、荷崩れによって5インチロケ...

  • 団結道場
    2019年12月04日

    団結道場

    1953(昭和28)年4月3日、米軍が沖縄統治のために設けた「琉球列島米国民政府(米国民政府)」は「土地収用令」を公布して、沖縄全県下...

  • 2019年12月03日

    ニャティヤ洞

    伊江島の南の海岸線の断崖の下にあるニャティヤ洞は、内部の空間が広く、ゆうに千人は中に入れることから「千人洞」とも呼ばれています。また、...

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