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2014-12-01

【要約】『ボランティア もうひとつの情報社会』 金子郁容著

『ボランティア もう一つの情報社会』
著者:金子郁容
出版社: 岩波書店(岩波新書 235)→Amazon

ISBN-10: 4004302358
ISBN-13: 978-4004302353
発売日: 1992/7/20

私がNifty-Serveなどのネットワークサービスを使い始めた頃に読み、その後の生き方に大きな影響を与えた1冊です。『ボランティア』というタイトルがついていますが、本書の主題は、ネットワーク上で交わされる情報の特徴と、それによって形成されるつながり(関係性)です。インターネットが広く世の中に普及する前の1992年に上梓された本であることを考えると、その内容の先見性に驚かされます。著者の金子郁容はネットワーク論が専門の工学博士(Ph.D.)で、慶応義塾大学教授。慶應幼稚舎の舎長(校長)を務めたこともあります。

【要約】
本書において「ボランティア」という言葉は、「ボランティア活動」「ボランティア活動をする人」「ボランティア活動をする背景にある考え方」など、多様な意味で柔軟に使われています。

  • ボランティアは、自分が人を助けているのに、「助けられているのはむしろ私の方だ」という感想を持つことが多い。
  • 一つひとつのボランティアはささやかな活動であっても、それが広がることによって意外な展開となって、豊かな結果をもたらす可能性がある。
  • ボランティアは、人が困っている状況を「それは他人の問題」だと自分と切り離して考えるのではなく、自分自身も困難を抱えるひとりとして関係していると捉え、状況を改善すべく「つながり」を持とうとする活動である。
  • ボランティアは、誰かに指図されてするのではなく、自らすすんで行うものであるから、その結果が自分自身にふりかかってくるという「つらさ」を伴う。これを筆者は「自発性のパラドックス」と呼んでいる。
  • 「自発性パラドックス」の渦中に自分自身を投げ込むと、「ひ弱い」「他から攻撃されやすい」「傷つきやすい」状態に立たされる。この状況をぴったり表している英単語は「バルネラブル=vulnerable」(名詞は「バルネラビリティ=vulnerability」)である。
  • ボランティアがあえて自分をバルネラブルにする理由は、問題を自分から切り離さないことで、「窓」が開かれ、頬に風が感じられ、意外な展開や不思議な魅力のある「つながり(=関係性)」がプレゼントされることを経験的に知っているからである。
  • 「つながりをつけるプロセス」を動かすための最初のステップは、「まず自分から動く」ことであり、そのことで相手から力をもらうのに「ふさわしい場所」を空けることである。自分からすすんで自らをバルネラブルな状態にすることによって、勇気をもってそういうかかわり方をしたいという意思が相手に伝わり、「ふさわしい場所」が空けられるのである。
  • 「つながりをつけるプロセス」を動かすための第2のステップは、「評価を相手に委ねる」ということである。これは、相手を自分の決めたとおり行動さえようとしたり、相互作用のプロセスを自分の思惑どおり運ぼうとしないということを意味する。
  • 「つながりをつけるプロセス」を動かすための第3のステップは、動き出した相手にタイミングよく対応することである。あなたの働きかけに相手が呼応し始めると、その瞬間にあなたと相手の立場は入れ替わる。つまり、今度は相手が自分をバルネラブルにする側になるのである。
  • 情報はすでにどこかにあるものと考えるのが、「静的情報」の考え方である。この考え方に立つと、情報を得るためには対価を支払うなどのコストがかかるので、手に入れた情報はなるべく人に見せないように隠し、情報を独占しようとする力が強く働く。「静的情報」は、既存の枠組みの中で効率的に物事を処理するには寄与するが、既存の枠組みを変化させる力にはならない。
  • 「動的情報」とは、進んで人に提示し、それに対して意見を言ってもらい(つまり相手から情報をもらい)、相手から提示されたその情報に対して、今度はこちらから自分の考えを提示する……という相互作用の循環プロセスによって生み出される情報である。世の中の既成の枠組みを動かし、新しい関係を切り開き、新しい秩序を作ってゆくのは動的情報である。
  • 「動的情報」が発生するプロセスがネットワークであり、ボランティアとはネットワークを作る人、すなわち「ネットワーカー」である。
  • ボランティアも「報酬」を求めて活動している。その人がそれを自分にとって「価値がある」と思い、しかもそれを自分ひとりで得たのではなく、誰か他の人の力によって与えられたものだと感じるとき、その「与えられた価値あるもの」がボランティアの「報酬」である。
  • 人が何かに価値を見出すかは、その人が自分で決めるものである。他人に言われて、規則できまっているから、はやっているからという「外にある権威」に従うのではなく、何が自分にとって価値があるかは、自分の「内にある権威」に従って、独自の体験と論理と直感によってきめるものである。その意味で、価値を認知する源は「閉じて」いる。
  • ボランティアが、相手から助けてもらったと感じたり、相手から何かを学んだと思っていたり、誰かの役に立っていると感じてうれしく思ったりするとき、ボランティアは、かならずや相手との相互依存関係の中で価値を見つけている。つまり、開いていなければ「報酬」は入ってこない。
  • ボランティアの「報酬」は、それを価値ありと判断するのは自分だという意味で閉じているが、それが相手から与えられたものだという意味で開いている。新しい価値は「閉じている」ことと「開いていること」が交差する一瞬に開花する。
  • 情報は、人々を分断するのではなく、つなぐことによって新しい価値をつくってゆくという行動様式を誘発する源になる可能性を持つ。そのようなシステムが構築された暁に登場する社会を「もうひとつの情報社会」と呼ぶことにしよう。

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