襟立イズムの後継者たち

こちらの記事にも書きましたが、12月7日に福岡の名店「珈琲 美美」店主の森光宗男さんが亡くなられました。森光さんは1972年から5年間、東京吉祥寺にあった「吉祥寺もか」の標交紀(しめぎ・ゆきとし)さんに師事して珈琲を学びました。その標さんが師と仰いだのが大阪難波にあった「なんち」の襟立博保(えりたて・ひろやす)さんです。襟立さんは1975年に亡くなっているので、私は直接お会いしたことはありませんが、いずれの人にも共通するのは、一杯の珈琲に対する極限までの突き詰めたこだわりだったと思います。ということで、襟立博保さんを源流とする「襟立イズム」の後継者の系譜をまとめました。

襟立さんが考案した赤外線付き焙煎機(東京芝のダフニにて)。左側の四角い銀色の部分が赤外線発生装置。
赤外線付き焙煎機

【襟立イズムの後継者の系譜】

■桜井美佐子さん
東京芝で珈琲豆専門店「Daphne」を経営。1972年に「蘭館珈琲ハウス」に入社し、当時同社の技術顧問だった襟立博保さんから指導を受けた。

■襟立稔規さん
襟立博保さんの長男。札幌で珈琲豆店「リヒト珈琲」を経営(現在は閉店)。

■畠山(乗金)芳子さん
襟立博保さんから直接指導を受け、自身の故郷倉敷で「倉敷珈琲館」を開業。ただし現在は、経営にタッチしていないようです。

■鎌田幸雄さん
関西を中心に「蘭館コーヒーハウス」を展開する「株式会社蘭館」社長。学生時代から襟立さんの店の常連客で、後に襟立さんを技術顧問として迎える。


■標交紀さん
「吉祥寺もか」店主(2007年12月死去)。襟立博保さんを師と仰ぎ、赤外線付き焙煎機を譲り受ける。

■森光宗男さん
福岡で「珈琲美美」を経営(2016年12月死去)。1972年から5年間「吉祥寺もか」で標交紀さんの指導を受ける。

■門脇祐希さん
山形県鶴岡市で「コフィア」を経営。大学卒業後「吉祥寺もか」で11年間修行する。

■湯川克範さん
新潟市で「交響楽」を経営。「吉祥寺もか」を訪ね、標交紀さんに会ったことがきっかけで「交響楽」を開業。さまざまな助言をもらう。

【おまけ・私のネル枠のコレクション】
左の2本は「吉祥寺もか」の流れを汲むもの。真ん中は倉敷珈琲館。その右が大坊珈琲店、右端がカフェ・ド・ランブル。個人的には柄が長いカフェ・ド・ランブルのものがいちばん使いやすいと思います。ただ、枠にネルを縫い付けるのが面倒なので、最近はもっぱら「松屋式」の枠にネルを乗せて使っています(→こちら)。
ネル枠のコレクション

by
関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください